テクノロジーは、日に日に私たちの暮らしの中へ入り込んでいます。なかでも目立つのが「生成AI」です。さまざまな用途・種類のものが雨後の筍のように登場していますが、ユーザー目線で見たとき、日々の暮らしに溶け込む形で活用されているものは、どれくらいあるでしょうか。
LIVING TECH協会では11回目となる今回のギフトショーのセミナーが、2026年9月3日に行われました。今回は、止まらない高齢化が進む日本において、本当に役立つ生成AIやテクノロジーの活用とは何かを、介護事業者ではない第三者の視点から考えました。題材は、TBWA HAKUHODOさんの取り組みです。
1. RADIO TIME MACHINEの開発背景と仕組み

ある介護士の話では、日本の高齢者施設では入居者の8割ほどが認知症、もしくはその傾向があるといいます。それにもかかわらず、認知症ケアはなかなか進んでいないのが現実です。福祉業界は常に人材不足と言われていますが、そうしたなかで、介護スタッフが大きな労力をかけずに認知症ケアを行えるプロダクトとして開発されたのが「RADIO TIME MACHINE」です。
プロジェクトリーダーを務めるTBWA HAKUHODOの鈴木氏は、認知症の家族がいる人が社内に多いのを知ったことで、認知症に向き合うアイデアの開発を思い立ちました。そんな折の2023年、鈴木氏は「回想法」を知ります。回想法とは、1960年代にアメリカで生まれた心理療法で、過去の情報をきっかけに記憶を呼び起こし、脳を刺激する手法です。そこで文章生成AIと音声生成AIを組み合わせ、誰でも手軽に回想法を使えるラジオ型デバイスを着想しました。
デバイスのダイヤルは西暦表示(将来的には和暦表記に変更予定とのこと)で、回すとその年の「今日」のニュースと当時の音楽が、AI生成の音声で流れます。音声は、メンバー30人が年代別に担当し、それぞれの時代の雰囲気を表現しています。
その後、介護大手のニチイ学館との連携が実現し、専門家を交えた実証実験を行いました。その結果、RADIO TIME MACHINEがあることで、笑顔、身振り手振り、発話量が明らかに増えるという定量的な結果が得られました。専門家からは「日常ケアの方法として一定の効果が見込める」との評価を受け、2026年3月5日にメディア向けにお披露目されました。
2. 認知症ケアにおける医学的知見と製品化の課題

認知症の「中核症状」(物忘れ)に対しては、回想法を含め、現代医療でも有効な手段はほとんどないそうです。一方、「周辺症状」(興奮、傾眠、徘徊など)には回想法の効果が見られるとのことで、RADIO TIME MACHINEもこの周辺症状への効果を検証の対象としています。
国内の介護施設は約10万施設、利用者は約700万人とのことです。鈴木氏は、これらの施設や利用者に使ってもらえる形を目指すとともに、海外の展示会でのプレゼンや実証試験の準備も進めていると語りました。
3. パネルディスカッション:ラジオという「モノ」の必然性
続いて、登壇者によるパネルディスカッションが行われました。

ラジオという「モノ」の必然性
RoomClipの川本氏は、従来の回想法がテレビや写真集といった画面を使う視覚的な手法であるのに対し、ラジオは音声メディアであることが特徴だと述べました。参加者が輪になってお互いの表情を見ながら会話できる点がユニークだという感想です。
鈴木氏もこれに同意し、フランスで行われたプレゼンテーション でのエピソードを紹介しました。当初は「Spotifyやアプリでも良いのでは?」と評価されていたものの、実物を体験してもらうと、「高齢者にとって必然のインターフェイスだ」と評価が一変したそうです。スマートフォンを持たない、あるいは操作を覚えられない高齢者にとって、1960年代のUIはよく知ったものです。アプリではなく、モノとして存在することに意義がある、という結論が共有されました。
慣れ親しんだ安心感のあるものに、生成AIの可能性を組み合わせる。それは、ユーザーにとって使うハードルを下げる、有効なアプローチだと感じます。
介護・福祉領域へのテクノロジー活用と生活者視点
LIVING TECH協会でも、対象は少し異なりますが、「知的障害のある方の自立生活を支援するためのテクノロジー活用」に関するプロジェクトに参画しています(詳細はこちら)。スマートロックや各種センサーなどのスマートホームシステム、Amazon Echoやロボットデバイスを活用して、利用者のQoLを高めながら、支援者側の業務DXも進めようという取り組みです。
家電王の中村氏も、ユーザーの視点からいくつかのテクノロジーを紹介しました。
- ユカイ工学の「BOCCO emo」:話し相手になってくれるロボット
- 甘噛みハムハム:自分の指を入れて甘噛みを体験できるデバイス。赤ちゃんが生まれたころや、ペットが小さかったころの幸せな記憶を呼び起こす
- 電動モビリティ「WHILL」:身体の不自由な方が自由に移動できるよう開発された
- 顔認証システム:鍵をなくす心配のない住宅
ジャンルはそれぞれ異なりますが、こうしたテクノロジーを選択肢として持てるようになることで、ユーザーのQoLは少しずつ上がっていくのではないか、と中村氏はコメントしました。

住まいの変化・レトロデザイン・ぬくもりデジタル

RoomClipの川本氏は、コロナ禍以降、リビングでの団らんがテレビ中心から、スマートフォンやタブレットでの個別視聴へと移りつつあり、家族の団らんの形が変わってきていると指摘しました。また、RoomClipでは介護関連の投稿が年間で8倍ほどに増えているそうです。なかでも、手すりをアイアン素材にする、車椅子対応の広いトイレをモダンなデザインで仕上げるといった、「介護に見せない」インテリアが主な話題になっているといいます。

RADIO TIME MACHINEについても、部屋に自然と溶け込むデザインであることに加え、誰もが懐かしいと感じるデザインだからこそ、施設に入る手前の、家庭で介護が必要になりそうな段階から使えるのではないか、と川本氏は示唆しました。そうすれば認知症の進行を遅らせ、自宅で暮らせる時間を延ばせる可能性もあります。
さらにRoomClipには「思い出」に関する投稿もあります。楽しかった記憶や幸せだった記憶はモノに宿ることが多いものの、実際に残っているものは少ないのが現状です。そのため、記憶を呼び覚ますきっかけとして、モノも重要だという視点も語られました。

LIVING TECH協会としても、mui Labが提唱し、SwitchBotやNanoleafとともに広めている「ぬくもりデジタル」を、もっと知ってもらいたいと考えています。天然木を使ったデバイスや、木目調でインテリアになじむデバイスを指す言葉で、テクノロジーが暮らしに溶け込む方向性は強まっています。デザイン家電やレトロ家電はもちろん、スマートスピーカーなどのスマートホーム機器でも、意匠性を意識したプロダクトが少しずつ増えています。
最後に中村氏は、「モノからコトへ」と言われる流れの中でも、良いモノがあってこそ良い体験が生まれるのであり、モノと体験はセットで伝えることが重要だと述べました。そして、生成AIや新しいテクノロジーを、いかに新しい文化として生活に溶け込ませるか。その視点でリードする日本企業が増えることへの期待を語り、パネルディスカッションは幕を閉じました。
4.まとめ:暮らしに溶け込むテクノロジーとは

今回のセミナーを通じてお伝えしたかったのは、優れた技術やデザインだけでなく、使う人にとって何が価値になり、どんな課題を解決できるのかという視点です。先進技術は日々生まれ、さまざまなプロダクトやサービスが発信されています。そのなかで、私たちの暮らしを本当に豊かにしてくれるものとはどのようなものか。それを考える視点を共有したいと考えました。
自然に受け入れられるということは、ユーザーに選ばれるということです。ビジネスの面でも、「売る」のではなく「求められる」ことが、大きな普及の要素になると思います。「ギフトショー」は、海外を含め、世の中の新しいもの、良いものを紹介し、日本の暮らしを豊かにしていくための展示会です。これからの日本の住文化に向けて、LIVING TECH協会もユーザー視点を大切に、テクノロジーの普及に向けた活動を続けてまいります。
